「観山亭」は、神仙郷内では既存建物であった神山荘を除くと最初に建設された建物です。太平洋戦争末期の昭和20 年(1945)6 月に着工し、翌年8 月に竣工しました。その後、継続的に増改築工事が行われ、昭和22 年(1947)には観山亭の西側に「湯殿」が建設されました。
明主様の専用住居として建てられましたが、外観意匠は庭園建築として見ても見劣りがしないようデザインに意匠を凝らし、室内意匠も東側の各部屋ではいずれも大きな窓を介して石楽園および明星ヶ岳を一望しつつ、西側の竹の間や浴場には建築家・吉田五十八による近代数寄屋の意匠が密度高く施されています。
「神仙郷の創成期における創設者の生活の様子を伝える建物として貴重であり、またその意匠的特徴から、設計に携わった吉田の作品としての価値を充分に備えた建物として、文化財的価値が極めて高い建物」、「観山亭湯殿」については「独立建物として建てられた湯殿は、吉田の設計した浴室としても類例がなく、茶室のような外見上の佇まいと開放的な室内意匠は、吉田の秀作の一つとしての価値を備えている」、とそれぞれ評価され、令和7年11 月に国の登録有形文化財(建造物)に指定されました。